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アヒャーマ綱の始まり 

昔、新川(あらかわ)村がまだ石垣村と分離していなかった頃、
石垣村の知念家に航海術に大変優れた男がいた。
琉球王府へ貢物を届ける仕事をこの男にお願いすると、
誰よりも短時間で、安全に航海してきたので「ウネトウジ(ウネ・舟 トウジ・船頭)」と呼ばれた。

トウジの妻は、いつも真乙姥御嶽の神様に夫の無事をお願いしていたが、
あるとき目が見えなくなってしまった。
困ったトウジは妻と相談して補佐役として第二婦人を持つことにした。
トウジ が上覇するときには二人の妻が真乙姥御嶽に祈願しながら待った。

ある年のこと、トウジは王府からの帰りに遭難してどこともなく流された。
一年たっても帰らなかった。二人の妻は真乙姥御嶽に
「夫を無事に帰してくれたら恩返しに綱引をして見せましょう」と言って祈願した。

ある日、御嶽で祈願していた本妻が「長崎の浜に明かりがついている。
夫が帰ってきたのではないか」という。
もう一人の妻は「盲目の本妻がみたのなら神様の知らせではないか」と、
よく朝早くに浜へ行って見ると、夫の舟が帰っていた。

二人の妻は喜び勇んで真乙姥御嶽に詣で、約束の綱引をしようとしたが材料がない。
そこで、近くの井戸のつるべ紐をはずして縄にない、綱引をして見せた。

その後、士族の妻達が、トウジの妻にあやかって王府に出向く夫の無事を祈って願を掛け、
役目を果たして帰ってくると綱引をして御礼詣でをした。

この綱引を、アヒャーマ綱と言うようになったと言う。

アヒャーは子供を生む女の意味、マは愛称。
士族の妻達がしたことから「貴婦人の綱引き」とも言われる。
新川村では、他村へ嫁に行ったらよその人になるので絶対に綱に触らせなかったという。
現在は、よそ村の婦人達も一緒にアヒャーマ綱を引くが、
男綱と女綱とをつなぎ合わせるブル棒を貫く人は、
今も変わらず新川在住の婦人である。

アヒャーマ綱は、四カ字豊年祭の神事の最後に行われる女性だけの綱引。
真乙姥御嶽の前で行われる熱狂的な女性だけの綱引は、強烈な熱気と興奮で包まれる。

かつては、新川地区の女性だけが参加することができたのだが、
近年は男綱と女綱を結び合わせるブル棒を貫く役目の中役は、新川出身の婦人で、
綱引はよその村の婦人も一緒に参加する。
中役に選ばれるには、夫婦そろって元気でないといけない、大変名誉な役である。

                                             話:入嵩西清佐さん




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