モーシー

いまから150年ほど前、黒島の南のはずれにある仲本村に、多良間真牛(たらまもうし)という青年がいました。

真牛は嫁をもらってもいい年頃でしたが、年貢が重すぎるので結婚せずに、両親と三人で暮らしていました。

そして、他の人たちと同じようにサバニに乗っては西表島にわたり、一生懸命はたらいておりました。

ある日、真牛は、父のかげんがわるいので、その日は午後から一人で西表島の畑へ出かけていきました。

ところが、その二日後に同じ村の農夫が西表島に来てみると、先に来ているはずの真牛の姿がありません。
「これはおかしい、いったいどうしたのだろう?」と、農夫は真牛のことを人々に尋ねてみました。

しかし、誰も見ていないと言います。みんなで真牛を探しましたが、やはり、真牛の行方はわからずじまい。
農夫は急いで、黒島に引き返し、真牛の家へ走りましたが、戻ってきていませんでした。

病で伏せっていた父親も、じっとしていられなくなり、起き上がって、母親と一緒に真牛の安否を気づかっていました。
そこへ、となりの新城島から、黒島のくり船が一艘流れついたという急報が届きました。

-それが真牛のサバニかもしれません。

父親は周りが止めるのも気にせず、村の若者たちと一緒に新城島にかけつけました。
そこで見たものは、紛れもない自分のサバニでした。
父親はがっくりと肩を落とし、船を引いて黒島へ帰り、息子の位牌をたてて、霊を弔ったのでした。

ところが、 それから半年ほどたったある日、とても不思議なことが起こったのです。

黒島の漁師たちが、島の東のはずれにある珊瑚礁で漁をしていると、海の方から人の声が聞こえてきました。

「おうい、おうい。」
海から一人の男が泳いでくるではありませんか。
よく見ると、半年前行方不明になった多良間真牛でした。

男たちは走りよって、息もたえだえになっている真牛を助けあげると、大急ぎでこのことを島の役人と仲本村へ知らせにいきました。

海で死んだはずの多良間真牛は、こうして懐かしい黒島のわが家に戻ってきたのです。

しかし、真牛は六ヶ月もの間、いったいどこでなにをしていたのでしょうか。
真牛を助けた男たちは、口をそろえて、
「突然海の中から出てきて、泳いできた。海には板切れもなにもなかった。」といいます。

元気になった真牛に役人が聞いたところ、半年間南の海のかなたにある無人島でくらしていて、毎日毎日黒島に帰りたいと願っていたそうです。
するとある日、寝ているときに、白いあごひげの老人が現れ、「陽が昇る頃、海へ出て背のとどくあたりまで進むが良い」といいました。

次の日お告げの通りに海へ入っていくと、急に大きな影が現れ、またの間にすべり込んだのです。
無我夢中でその影にしがみつくと、それはなんと、3メートル以上はあろうかという大きなフカでした。
なんだかわからないまま背ビレにしがみついていると、フカは水しぶきをあげて一直線に大海原を走りだしました。

そして、黒島の珊瑚礁の近くまでくると、体を大きくゆすって海の中に沈んで行ったそうです。

こうして半年ぶりに真牛は黒島に帰ってきたのです。

これを聞いた琉球王は、「真牛が徳の高い人間だからだろう」と、真牛の家族にたくさんの褒美をあたえました。

以来、真牛の子孫や親戚はフカに感謝し、決してフカの肉を食べないそうです。