赤馬節(そのニ)
| |
原歌) |
訳) |
| 1. |
いらさにしゃー
(イラサニシャー)
今日ぬ日
(キュウヌヒヌ)
どぅきさにしゃ
(ドゥキサニシャー)
黄金日
(クガニヒ)
|
ああ よろこばしい
今日の日よ
とてもうれしい
黄金の日よ |
| 2. |
ばんしぃでぃる
(バンシィディル)
今日だら
(キュウダラ)
羽生いる
(ハニムイル)
たきだら
(タキダラ) |
私は生まれかわった位
嬉しい今日の日よ
羽が生えて飛び立つ位
うれしいよ |
| 3. |
今日祝しゆらば
(キュウヨハイシユラバ)
あちや ふくい
(アチャー フクイ)
しゆらば
(シユラバ) |
今日を祝い
明日も祝い
続けましょう |
では、その二の唄を詳しく見て行きます。
歌詞の一番の「いら」は「ああ、本当に」など感嘆を表す島言葉です。
「さにしゃ」は「うれしい、喜ばしい」を意味します。「どぅき」は「どぅぐ」と同じで「過度に、過分に」を表します。
「どぅきさにしゃ」は「嬉しさがあり余るぐらい、本当にうれしい」となります。
「黄金日(くがにひ)」は「黄金のように輝かしく光り輝いている素晴らしい日」となります。最愛の馬、赤馬を返され、王様からもお褒めの言葉をいただき、この上なく誉れ高く嬉しい日を「黄金の日」と例えているわけです。
歌詞の二番の「ばん」は「ばぬ」とも言い、「自分、私」を表す島言葉です。
「しぃでぃる」は「生まれる、生まれ変わる」を表す島言葉です。「王様にこのように認められ、誉れ高くなったこの私は本当に生まれ変わったようである。心から嬉しく、羽が生えて飛んで行きたいぐらいの気持ちである。」と解釈できるでしょう。
歌詞の三番。「今日のこの喜びを祝い続け、明日も祝い続けよう。」と容易に解釈できると思います。
このようにして赤馬を引き連れ、八重山に無事に戻ってきました。しかし、それから一年程すぎたある日、突然武士が二、三人の者を従えて、宮良村の師番の家を訪れて来ました。赤馬の評判は島津藩(今の鹿児島)の殿様の耳にも届いていたのです。赤馬献上の令達書が在番頭へ届いていたのです。蔵元政庁の係りのものが島津藩の武士と一緒にやってきたのです。
島津藩主への献上とあれば、光栄この上ない誉れであるが、琉球国王へ献上した際にも暴れて手に負えない状態になり、返還されただけに蔵元政庁に再三再四思い止まるようにお願いしましたが、聞き入れてもらえませんでした。と言うのも、島津藩からの公用船が平久保半島に停泊していたのです。在番は赤馬を公用船に積み込むことを命じました。
赤馬にとって一難去って、また一難が来てしまったのです。公用船は献上馬を乗せて出帆しました。しかし、途中神風と豪雨が強まり、公用船は辛うじて遭難を免れ、平久保へ吹き戻されてきました。暴れる赤馬を陸揚げして、しばらく風雨の静まるの待たざるをえなくなりました。
数日後、天候が回復したので、再び赤馬を乗せ公用船は出帆しました。ところが、前回と同様にまた天候が急変して暴風雨となり、船体を分解するが如く揺らし始めました。この時です。赤馬は手綱を噛み切り、満身の力を振り絞り丈夫な柵を破り、荒波の中に身を投げたのです。
間もなく猛り狂う暗闇の海面に浮いた赤馬は、首を上げて方向を定めると懸命に泳ぎ、岸に辿り着きました。陸に上がると風雨の中を一路自分の愛する主のいる宮良へと走り続けました。
平久保半島を縦断し、明け方近くに懐かしい宮良の我が家の門の前についに立ちました。さすがの赤馬も今は精魂尽き果てて悲しげに一声いななくと最後の力を振り絞り、家の周囲をゆっくりと廻り、家の裏で崩れるように倒れ息絶えてしまいました。
師番は公職を退いた後も宮良村に住み、「赤馬大王」または「高徳の人」として仰がれました。彼は寛延三年(1750年)1月27日に80歳の高齢を持って亡くなりました。
彼が作った「赤馬ぬいらすざ」に始まる一連の詩句と同じく「いらさにしゃ今日の日」に始まる一連の詩句はその後これを合わせて「赤馬節」と呼び、広く人々に愛唱されるようになりました。現在でも目出度い唄として、祝い事や喜びの行事の冒頭を飾って歌われ、かつ舞われています。
特に、その荘重な曲は八重山民謡を代表するものの一つになっています。
この赤馬物語は「宮良村誌」に記されたものであり、宮良で語り伝えられたものであります。300年も昔のことであり、現在では部分的に諸説があります。しかし、大筋は一致しており、口碑伝説として今も語り伝えられています。
実は、「赤馬節」は、その三とその四もあります。詳しく知りたい方は、喜舎場英旬著「八重山の民謡誌」を参照していただきたい。
概略すると、その一は、師番が赤馬と離別の時の唄であり、その二は、師番が首里城内で、国王をはじめ多くの役人の前で赤馬の霊妙な足取り示し、名馬の折り紙をつけられ、赤馬を返還された喜びを歌ったものであります。
その三は、公用船の沖縄の一路の平安を歌い、その四は、諸祝賀の唄で、国王の幸福と庶民の繁栄、豊年を迎えた喜びを歌っています。
現在では、「赤馬節」と言えば、「その二」の「いらさにしゃ・・・・」だけを歌っている人が大多数を占めています。また、古典民謡として継承されているのも「その二」です。
さて、読者のみなさん!如何だったでしょうか? 私は石垣生まれの石垣育ちですから、「赤馬節」を祝宴の席など聞いたり、その舞踊を見ると嬉しさや喜びが感じられ主催者と気持ちが共有できます。まだその域に達していない人は今一度大城師番の気持ちを思い出してこの歌を何度も歌ったり、聴いたりしていると、いつかきっと祝宴の時にじわじわ喜びを噛み締めることが出来るようになるでしょう。
|