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トップイメージ島で働く人々写真01 池村 泰欣
いけむらやすよし
石垣島出身
石垣市大川
池村鍛冶屋
石垣では方言で「カンジャヤー」と呼ばれ、古くから人々の生活に密着してきた鍛冶屋。今回、お話を伺った池村鍛冶屋のある通りは、昔はカンジャヤー通り(鍛冶屋通り)と呼ばれ何軒もの鍛冶屋が軒を連ねていた通りだが、今では池村さんを入れても二件ほどしか残っていないと言う。
 現在は三代目の泰欣(やすよし)さんが、昔ながらの伝統的な工法を守りながら毎日焼けた鉄を打つ力強い音が通りに響く。
泰欣(やすよし)さん曰く、池村鍛冶屋は『野の鍛冶屋』。刀だけではなく農具、漁具など、お客様の要望に応えて色々なものを作り続けている。
野の鍛冶屋のお仕事
 農具や漁具を中心に作っていますが、小さな八重山でも地質の違いなどによって少しずつ道具の機能が変わり、各島々によって形が様々。


 今でも人気の高い刀の一つである山刀(八重山ヤマンガラス)は、刃先が丸くなっており猪猟のワナを仕掛ける穴を掘ったりするのに大変便利な形になっている。その他の道具も用途に合わせて機能的な作りになっていて、ひとつひとつがとても奥深い。


 また、伝統の赤瓦の瓦葺きに使う漆喰ヘラを作っているのは、今では池村さんだけになってしまったそうです。
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各島ごとに形が変わる山刀
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鍬(クワ)だけでも18種類
 


伝統と経験から編み出される新技術
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伝統技術『合せ打ち』で作られたヘラ
 現代の鍛冶屋では電動ハンマーを使うことが多いが、池村さんは手打ちで形を整えてゆく。真っ赤に熱した鉄に何度も槌を振り下ろしす姿は、とても来年還暦を迎える年齢とは思えないほどたくましく勇ましい。

 作業工程は大まかに、切断、火造り、グラインダーかけ、やすりかけ、焼入れ、仕上げと言った段階で進んで行く。工程の一つ一つに長年の経験と勘、昔からの工法と新しい技術をあわせながら作業を進めて行くが、泰欣さんは伝統を守るだけではなく独自の新技術も開発し続けている。
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経験と勘が頼り
 特にヤスリかけには池村さん独自のとっておきの工法があり、水ではなくお湯を使用する。この工法を見出すまで、約10年ほどかかったという。それまでは、最後の最後で刃が折れてしまい落胆することも何度もあったと言うが、今ではそんな失敗も少なくなったと笑顔で話していた。
 また今は使われなくなった伝統技術『合せ打ち』を忘れないようにと年に数回その技術を確認することも大切な事なのだと言う。
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『シン』という工具での手作業の様子。
現在はグラインダーという機械を使う
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道具に最適な柄を作るのも大事な仕事。
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終戦直後は砲弾の破片を持ち込むお客さんも多かったそうです。
 終戦直後の鉄不足の時代には、爆弾や砲弾の破片を持ち込んで道具を作って欲しいという依頼も多かったそうです。
鍛冶屋の仕事で大事なのは作るだけではなく、刃が減ったら鉄を付け足し、またお客さんが実際に使いながらより良い物へと改良を加えたりもする。
 池村さんのところには、今でも離島からわざわざ船に乗って長年愛用している農具の修理に来るお客さんも居ると言う。

  何でも使い捨てが当たり前になってきたこんな時代だからこそ、ひとつの道具を大切に使い続ける人とそれを支える技術を持った職人の存在は一つの資源と呼べる財産なのではないのでしょうか?
 島の鍛冶屋の仕事は、島の歴史を色濃く映し今の暮らしを省みさせてくれるとても奥深いものでした。
ちょうど取材の最中に、古いツルハシを山芋堀りに使う鍬に改造して欲しいというお客さんが来て、サイズや形などの希望を伝えて帰って行った。 写真07
池村鍛冶屋のある通り
合せ打ちで使う泥
二代目の作った昔の鍛冶屋模型
掲載日 2007年12月15日 
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