 |
面作り名人
田 場 由 盛 (たば ゆうせい)
[プロフィール]
昭和7年9月7日
石垣市生まれ
石垣市平得在住
マルタ工芸代表者
●S63年八重山産業まつり商工業賞受賞
●H8年沖縄県観光功労賞受賞
●H13年沖縄県認定工芸士>
|
 |
 |
|
アンガマの面をつくるきっかけは
太平洋戦争末期、マラリアで最愛の母を亡くし、またご自身もマラリアにかかり九死に一生をえる。
戦争がどんどん激しくなる中アンガマは一時途絶えていた。
少年のころの過酷な戦争体験から「平和でなくてはアンガマは作れない!」と痛感したとのこと。
家具職人として働きながら、最初は趣味で彫っていたのがお客さんからの要望があり彫り続けるうちに本職となり48年がたつ。
|
 |
|
 |
昔は4日に一組作るのがやっとだったが今では、試行錯誤するなかで1日に一組作ることができるようになった。
沖縄の文化が世界中に認められ、アンガマ人気が高まるにつれて台湾からの偽造品が数多く出回るようになり
とても悩んだ。しかし、石垣市が特産品認証制度(認証シール貼付)をつくり保護してくれ、また何よりお客さんの喜んでくれる笑顔に支えられて今まで彫り続けることができたそう。
|
|
面は自分自身を映す鏡…
二日酔いで体調が優れないときは面も酔っ払い顔に…(笑)。飲みすぎないようほど ほどにとのこと。
面には自分のいろいろな気持ちが表れてしまうので、体調管理には気をつけている。そのため、毎日木くずが舞う中で仕事をしているが、病院にかかることのない健康体!ぶら下がり健康法を取り入れたり、息子さんと山を歩いたりして足腰を鍛えている。
後継者は息子さんの由隆さん。
奥さんと息子さんと家族三人力をあわせて八重山の伝統芸能を守り続けている。
長い経験をつんで、今が一番やさしい表情の面が彫れるようになっています、と微笑む田場さんの笑顔はやさしいアンガマの顔に似てきたと皆に言われるそうだ。
アンガマの面は昔の自然に耐えられる顔つき(昔の人の顔)。
アンガマを通して先人の知恵、そして強さと優しさを次の世代へと受け継いでいるのではないでしょうか?
|
彫り続けているうちに
指紋が薄くなってきている。 |
|
    |
道具入れもお手製
…くるくる回って取りだし
やすい |
アンガマ面の素材は割れ
にくい八重山桐 |
白髪は龍舌蘭
(りゅうぜつらん)の葉 |
獅子頭は軽いデイゴで
作られる |
|
日本全国 「森の名手100人」に認定
(社)国土緑化推進機構が毎年、全国の森や山、地域生活・文化に深く関わる仕事をしている人のうち、すぐれた技を持つ達人100人を選出する「森の名手・名人100人」に、面づくり名人として田場さんが認定される。
「森の名手・名人」は、長年の経験や技術がすぐれているだけでなく、その道の第一人者として、心技ともに同業者の規範となっていること、地域社会への貢献度が高いことなどが求められる。
また、後継者がいることも条件の一つ。
技をみがくだけではなく、人や地域を育てることも大切であると考えられている。
|
 |
|
|
アンガマ踊り
石垣地方に江戸時代から伝わる旧盆の行事。
あの世からの使者であるウシュマイ(お爺)とンミー(お婆)がアンガマの面をつけ、孫であるファーマー(踊り子)を引きつれて家々を訪問する。
一家の無病息災、夫婦和合、子孫繁栄を祈って、祖先に供養の踊りを奉納する夏 の風物詩だ。
特に面白いのは、古い方言をあやつり、あの世とこの世の間で交わされる珍問 答である。あの世での暮らしや先祖のようすについて尋ねる観客に対して、ウシュマイとン ミーはウラ声を使い、ひとひねりトンチを効かせた答えで見物人を笑わせるというきまりがある。
|
|
|