西表・船浮めぐり

西表・地図
◆◇船浮とは…◇◆
八重山諸島最大の島で亜熱帯の豊かな自然に恵まれた西表島の東部にある集落。
西表島内にあっても道路は白浜で途絶え、船でしか渡ることが出来ない船浮は「陸の孤島」 「離島の離島」
と呼ばれている。 2009年3月現在、38人が暮らす静かな村。 イリオモテヤマネコ発見の地として知られる。

かつては船浮よりもさらに西に網取、崎山 鹿川(かのかわ)という村があったが、すべて廃村となった。
船浮へのアクセスは、白浜から1日3~4便の船浮海運の定期船ふなうき丸が
運航しており、船でおよそ10分ほどで到着する。

あしあと
船浮湾
船浮湾にはいってくると…

海の両側を緑豊かな山で囲まれてジャングルの中にすすんで
行くような、ドキドキ感がたかまっていきます。
ところどころ、白い砂がみられてまるでプライベートビーチの様…

噂では、このビーチのどこかで 衣服を一切身にまとわず
一人で暮らしているおじさんがいるとのこと。
じーっとみつめてみましたが、今日は人影は
みあたりませんでした………残念。

港
船浮の港…

ひっそりとした静かな漁村を思わせる船浮港。
港のすぐ奥には山々がひろがり、20分もあればぐるりと
一回りできる小さな集落なので、昔ながらの街並みを
ゆったりと歩いて見て回ることができます。

また、かつては「秘境」と言われていたこの村も
観光ツアーができ、シーカヤックを体験したり
グラスボートで湾内を周ることができたりと
船浮の自然を満喫しながら遊ぶことができるそうです。

かまどまの碑

かまどま之碑…

かまどま広場にある立派なクバデサの木のそばに
「かまどま之碑」がたてられています。

その昔、八重山一とうたわれた美女、カマドマが
この木の下で海を見ながら、愛する人を待ち続けたと
いう伝説があります。この絶世の美女カマドマと石垣高端
という役人の情熱的で切ない恋の物語は、民謡
「殿様節」にのせて、今に謡い継がれているということです。


ふねっちゃぬかーら

フネッチャーヌカーラ(船浮共同井戸)…

西表島における井戸掘りは1500年ころのオランダ船漂着
と関わりが深いと伝えられており、この井戸には船浮(フネー)
村における初めての共同(チャ)井戸(カーラ)と考えられて
います。 海が近いため塩分が強く家庭の使い水として
利用されてきました。

フネッチャーヌカーラは野菜洗い、食器洗い、洗たくなどの
ほか、女性たちのゆんたく(情報交換)の場所としても
重要な役割を果たしてきたそうです。


上の川

上の川(ウイヌカー)…

上の川は古くから船浮村の水瓶として人々の生命を守り
農業(稲作)を育んできたそうです。
炭鉱時代(明治)には上の川の水は良質で療養に効果が
あるといって訪れる人が多かったということです。
丸い水留めは洗濯のすすぎ場として使用されていました。

ウイヌカー(上の川)ぬミジ(水)や
しじミジどぅやりば
ウマンチュ(御万人)ぬまぎり
アみてぃしでぃら

(訳)上の川の水はわき水で美味しいよ
皆さん揃ってみずあそびをし若返ろうよ


あしあと

集落の道   山道   イダの浜へ

美しい海岸「イダの浜」へ…


集落の反対側にある『イダの浜』へは船浮の集落から徒歩10分くらい。
道端にあるかわいらしい花や木々を眺めながら細い野道を歩いく…
上ったり下ったり…額ににじむ汗を拭きながら丘を越えて進んでいきます。

まさにマイナスイオンをいっぱいに浴びながら海への道を歩く。
ぱっと道が開けた先に、美しく白く輝く砂浜が姿を現しました。
  
とても穏やかな入江となっている静かな浜辺…
ただただボーっと座っていたくなるような癒しの浜辺…
まるで、ここだけ時間が止まっているような
なんともいえずのんびりとした気持ちにさせられました。
イダの浜

あしあと

マーニの花   パパイヤ   アダン

湧水   くばでさ   ほら穴

船浮小中学校   看板   琉球真珠養殖所

 

取材/撮影 砂川雅世

掲載日:2009年4月21日

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