マーペー

むかし、黒島にマーペーという美しいむすめと、カニムイというたくましい若者がいました。

マーペーもカニムイもともに一人っ子でしたから、小さい頃から姉弟のように仲良く暮らしていました。

両親たちも気心の知れあった二人を夫婦にするのが一番いいと考えておりました。

ところが、マーペーが18歳になったある日、琉球王府の役人がやってきて、石垣島や西表島の未開の地に黒島の人たち400人を移住させるというではありませんか。

それにより、マーペーの住む村の人たちが強制的に石垣島の野底岳(ぬすくだけ)のふもとへ移されることになりました。

この村分け計画は「道切り法」といわれ、村人になんの相談もなく王府の役人が勝手に線を引き、その中に住む人たちを移住させるというひどいものです。

このため、マーペーは、狭い道を挟んだ向かい側に住むカニムイとわかれなければならなくなってしまいました。

野底は石垣島の裏手にあり、全く手付かずの密林地帯。それでも、野底へ移った黒島の人たちは、木を切り、土地を均し、家を建て、朝から晩まで働きました。

マーペーは、いつか黒島に帰れる、カニムイが迎えに来てくれると信じてくる日もくる日も一心に働き続けました。

しかし、一度寄せ人で移された人間はどんなことがあっても元の島に戻ることは出来ないのです。

日が経つにつれてカニムイへの思いは募るばかり。
せめてカニムイのいる島かげだけでも見たいと思い、遠い南のかなたに目をやりました。でも、村の裏にそびえる野底岳にさえぎられて、ふるさとの島を見ることはできません。

ある祭りの夜、太鼓や三味線の音が聞こえてくると、マーペーは祭りの日のカニムイとの思い出が甦り、いてもたってもいられなくなりました。マーペーは、「一目だけでいいからふるさとのカニムイのいる黒島が見たい。」と思い、野底岳を登り始めました。

やっとのことで、山の頂きまではい登ることができましたが、なんと、目の前には於茂登岳(おもとだけ)が立ちはだかり、島かげすらみることができません。

とうとう精も魂も尽き果てたマーペーは、悲しみのあまり、そのまま石になってしまいました。

・・・野底岳はちょうど、女の人が頭から頭巾をかぶって黒島のほうを見つめている姿をしています。

マーペーがふるさとの島にいるカニムイを、恋い慕って石になってから、野底岳のことを、だれというとなく、「野底マーペー」と呼ぶようになったそうです。