トゥングダ

残虐非道な久部良割(くぶらばり)を行なっても、島の人口は相変わらず減ることなく窮乏のどん底をあえいでいました。

ある日、島の按司(酋長)たちはこの状況を切り抜けるために会合を開きました。
「久部良割をしても人口は一向に減らない、もっと厳しく人口制限をおこなうべきだ。」というのが大方の意見でした。

ある按司から「わしの親戚の妊婦があの久部良割で死んだ。島が貧しいからといって妊婦ばかり責めるのもいかん。 男にも責任はある。人口制限を行なうならもっと公平にせねばならん。」 という意見が出され、

さらに他の按司から「しかし、人口が多いからといって働けるものを減らすわけにはいかん。島には働いていない女や老人、 子供がたくさんいるこうしたものたちを減らすべきではないか。働かざるもの食うべからずだ。」

という意見が出され、今までの加熱した議論が、一挙にこの提案に賛成しました。

そして、このような法案が出されました。

一、島の中央に人枡田(とぅんぐだ)を作ること
一、人枡田は二反歩とすること(約2千平方メートル)
一、按司4人が日時を決めて、ドラや法螺貝の音を合図に島民全員が人枡田にあつまること
一、合図に遅れたり、来なかったりしたものは即座に打首のこと
一、人枡田に入りきれなかったものは打首のこと
一、人枡田に反対を唱えるものも打首のこと
一、人枡田で殺されるようなことがあっても、誰も恨みに思ってはならない。もし恨み言をいっていることが発覚すれば、これも打首のこと。

こうしてあの忌まわしい久部良割の人口制限法に新たな口減らし法が追加されたのでした。

人枡田の合図のドラが鳴り響きました。
人々は目の色を変えて、人枡田目ざして押し寄せました。

押し合い、へし合いして転ぶもの、両親を見失って泣き叫ぶ子供、腰の曲がった老人は杖を頼りにあがき、病人ははいだしてゆきます。

皆、生か死かの瀬戸際ですから、狂わんばかりの血相になって走ります。

しかし、背負っていく人のいない老人、病人にはもはや死しかありません。

人枡田の合図は、この人たちとってはすなわち死刑執行の合図であったのです。