とまた節

今回は、「とまた節」を取り上げます。この歌は、前回の「繁昌節」と同様に崎枝村が発祥地の歌です。作詞・作曲も同様に、慶田城用舛氏が崎枝村の目差役の任務期間中に作ったものだと言われています。1870年代頃の歌です。
では、歌の内容を見てみましょう。
- no.
- 原歌
- 訳)
- 1.
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とぅまた松ぬ下から
(トゥマタ マツィ ヌ シィタカラ)
馬ば乗りおーるすやー
(ンマ バ ノーリ オールスヤー)
(囃子)
シターリ ヨーヌ ユバナヲレ
ミルクユーバタボラレ - とぅまた松の下から
馬に乗ってお出でになるのは
でかしたぞ! 稔りの世になり
弥勒の神が豊作の世を賜った - 2.
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誰々ぬどぅ乗りおーる
(タルタルヌドゥ ヌリオール)
何々ぬどぅ乗りおーる
(ジリジリヌドゥ ヌリオール)
(囃子) -
誰々が馬に乗ってお出でか
どなた様が乗っていらっしゃるのか
- 3.
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崎枝主ぬどぅ乗りおーる
(サキダシュ ヌ ドゥ ヌリオール)
主ぬ前ぬどぅ乗りおーる
(シュヌマイヌドゥ ヌリオール)
(囃子) -
崎枝村の村長が乗っていらっしゃる
主ぬ前(助役)が乗っていらっしゃる - 4.
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我ん女頭 御供すぃ
(バン ブナジィ ウトゥムスィ)
くり女童つぃかいすぃ
(クリ ミヤラビ ツィカイスィ)
(囃子) -
私達の女頭がお供します
この女童達もお使いします - 5.
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崎枝主ぬ賄いや
(サキダシュヌ マカナイヤ)
島中屋ぬ まなべんま
(シマナカヤーヌ マナベンマ)
(囃子) -
崎枝村の村長の賄いは
島中家のマナベンマです
歌の内容は、上記のようになります。「とぅまた松」は、崎枝村の東南の方に林立していた松林のことを言います。崎枝村に上る坂道を挟んで両側に自生していましたが、昭和の初め頃に伐採されたそうです。
当時は、役人たちが新任されて、現地に赴くときには、村の中で器量優秀な婦女を選んで、役人の世話係として、仕えさせました。
女頭(ブナジー)は、村番所に交代で仕えている婦女子の長のことを言います。賄婦として仕えさせられたマナベンマは、マントウマという名前も伝えられており、かなりの美人だったようです。
この歌を通して、村人たちが総出で役人たちを手厚く迎え入れた様子を窺い知ることができます。